大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ケ)580号 決定 1991年5月17日

債権者

ダイヤモンド抵当証券株式会社

代表者代表取締役

森下誠

右代理人弁護士

片岡義広

小林明彦

小宮山澄枝

櫻井喜喜

債務者兼所有者

株式会社アストコーポレーション(旧商号 株式会社スタジオ・エフ)

代表者代表取締役

廣井公明

主文

1  債権者の申立てにより、別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録のうち、2の(2)記載の利息債権金二六八四万円の弁済に充てるため、同目録の1記載の抵当権に基づき、別紙の物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。

2  債権者のそのほかの申立てを却下する。

理由

一債権者の申立て

本件は、抵当証券に表示された抵当権に基づいて、抵当証券に表示された被担保債権の弁済を受けるため、競売の申し立てがなされた事件である。

債権者が提出した抵当証券には、元本の弁済期として、「平成六年六月一五日、但し平成元年二月一七日付金銭消費貸借及び抵当権設定契約第七条の事由が生じたときは期限の利益を失う。」と記載されており、債権者は、その契約書の該当条項に利息の支払いを一回でも怠ったときは期限の利益を失う旨の記載があると主張している。

債権者は、上記の抵当証券の記載及び契約書の該当条項とを根拠に、平成二年一二月一五日に支払うべき利息の支払いを怠った債務者は、債権元本について期限の利益を失ったとして、別紙の担保権・被担保債権・請求債権目録2記載の元本債権、利息債権及び損害金債権のすべてについて、競売の申し立てをしている。

二当裁判所の判断

抵当証券法二六条は、債務者が利息の支払いを怠った場合その延滞が二年に達したときは、債権元本の弁済期が到来したものとみなすと規定し、ただし書として、抵当証券に特約の記載があるときは、その定めに従うべきものとしている。

債権者は、上記一の抵当証券の記載は、法律の定める特約の記載に当たり、したがって、抵当証券法二六条の規定によって、債権元本の弁済期が到来していると主張するものである。

しかし、抵当証券法二六条が抵当証券に特約の記載を求め、記載のない特約の効力を否定するのは、法律が抵当証券を有価証券と規定したこと、すなわち、抵当証券が発行されたときは、抵当権及び債権の処分は、抵当証券をもってするのでなければこれをすることができないと規定したこと(抵当証券法一四条)と表裏の関係をなすものである。これをいいかえると、抵当証券のみをもって抵当権及び債権の処分を行なうことを可能とし、かつ、そのことを法律上強制しようとすれば、抵当証券に表章される(化体される)権利の内容が抵当証券以外の文書の内容によって定められるような事態を容認することはできない道理であり、法律はそのために抵当証券記載の特約に限って、その効力を認めたのである。有価証券としての抵当証券にいわゆる文言性が認められるのは、このような根拠及び必要に基づく。

以上のことは、抵当証券が裏書譲渡され、転々流通した場合には明らかであるが、債権者が、抵当証券設定契約の原始当事者である場合でも変わりはない。

すなわち、有価証券法理のもとでは、証券の文言をすべての出発点として法律関係が構築されるのであり、証券の文言以外の文書の内容等が証券上の権利に影響を与えるという事態を一般的に許容することはできない。この原則に対する例外として、債務者の側から主張されるいわゆる人的抗弁の制度があるが、これは、証券に表章された権利を消滅ないし減少させるために主張することが許されるものであって、証券に表章された権利以上の権利の主張を許すものではない。そして、原則に対する例外としての位置づけが可能な人的抗弁の制度でさえ、法律の規定なしに解釈で認めることはできないのであるとすると、権利の内容を拡張するという点で、有価証券法理の基本原則を根底から揺るがしかねない恐れのある事項について、法律の規定なしに解釈で認めることは、極めて困難なことといわねばならない。このことは、抵当証券が手形と異なり有因証券とされても、変わりがあるわけではない。このような観点からすると、このような例外的取扱いは、法律の認める特定の場合に認められるにすぎないと解するのが相当であるが、抵当証券法には、原始当事者間に限っても、証券以外の文書の内容により、証券上の権利を債権者に有利に変更することを許容する規定は存在しない。

また、抵当証券を有価証券とする現行法のもとでは、債権者が訴訟を起こしたり、あるいは、担保権実行の申し立てをするなどの権利主張をする場合、抵当証券の所持とその記載以外の事実を立証する必要はない。これは、債権者の権利行使を容易なものとすることにより、債権の回収を確保する趣旨にでたものである。しかし、有価証券であるにもかかわらず、証券以外の文書の内容の主張を許すとすれば、債権者は、結局、抵当証券の記載以外によって、自己の権利の成立とその内容及び権利の帰属関係を立証しなければならないことになる。このようなことは、証券のみによって権利主張を可能にし、かつ、そのことを強制した法の趣旨を否定するものであり、採用することはできない。

そして、抵当証券は、動産執行の対象となり、執行官が差し押さえることが考えられる。その場合、執行官は、弁済期にある抵当証券を債務者に提示する義務などを負うのであるが(民事執行法一三六条)、その弁済期を判断するのに、執行官には抵当証券以外の文書の内容をみる機会のないことを考慮に入れなければならない。このことは、原始当事者間に限っても、抵当証券以外の文書により権利の内容が規定されるという例外を認めることに、さまざまな困難がつきまとうことを示している。

このように現行の執行制度を含めて、あらゆる法律関係は、抵当証券に表章される権利は、その文言のみで決定されるという文言性に支えられている。この点を考慮すると、抵当証券の文言以外の文書の効力を認めることは、困難であるといわねばならない。

本件の場合は、抵当証券に全く期限の利益喪失の記載がないわけではない。しかし、期限の利益喪失事由が何であるかは、すべて抵当証券以外の文書の内容に委ねられている。他の文書の内容を抵当証券に引用する本件のような記載は、結局、抵当証券以外の文書の内容によって、抵当証券に表章された(化体された)権利の内容を定めることを意味するものといわざるをえない。このような事態は、上記のように抵当証券法の趣旨からみて許容することはできないから、本件のようないわゆる引用型の記載があっても、その効力を認めることはできず、したがって、本件抵当証券には、抵当証券法二六条ただし書の特約の記載はないといわざるをえない。

以上のとおり、本件抵当証券には、抵当証券法二六条の特約の記載はないから、債権元本の弁済期は、同条の定めるとおり、債務者が利息の支払いを怠り、その延滞が二年に達したときに到来する。

したがって、いまだ債権元本の弁済期は到来しているとはいえないから、本件申し立ては、すでに発生し、弁済期の到来している利息債権の範囲で許容するべきであるが、弁済期の到来しない元本債権及びいまだ発生しているとはいえない損害金債権については、却下を免れない。

(裁判官淺生重機)

別紙担保権・被担保債権・請求債権目録

1 担保権

東京法務局新宿出張所平成元年三月二二日作成、証券番号第六七〇五号抵当証券表示の抵当権

2 被担保債権及び請求債権

(1) 元本 八億八〇〇〇万円

上記1の抵当証券表示の債権

(2) 利息 二六八四万円

(1)の元本八億八〇〇〇万円に対する平成二年六月一六日から平成二年一二月一五日まで年6.1%(ただし、六ケ月ごとの支払の約定あり)の利息

(3) 損害金

(1)の元本八億八〇〇〇万円に対する平成二年一二月一六日から完済まで年一四%(年三六五日の日割計算)の遅延損害金

別紙物件目録

1 所在 新宿区西新宿六丁目

地番 六八一番一四

地目 宅地

地積 66.61平方メートル

2 所在 新宿区西新宿六丁目

地番 六八一番二四

地目 宅地

地積 64.29平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例